2008年02月09日

スーパーボールのアメリカ学

金曜日の夜に珍しく宴会が入っておらず

翌日の土曜日にえらく早起きをしてしまい

朝の5時から映画「ホテルルワンダ」を見ようと思っていたら

先週のスーパーボールを観忘れていた事を思い出し観賞開始


高校時代にアメリカに留学して

大学時代ににアメフト部に所属していた自分にとってのスーパーボール

毎度、特別な想いがよぎる

今年の対戦はシーズン16戦全勝のニューイングランドペイトリオッツ vs ワイルドカードで勝ち上がったニュ−ヨークジャイアンツ

今年はアリゾナでの開催だが
テレビでみる開催のスタジアムにuniversityの文字。

え、大学所有のスタジアムでスーパーボールかよ!

と思ったらネーミングライツでフェニックス大学が購入したそうな。
(それでも大学が買うっていうスケールどうよ)

試合がどうこうよりも、そんなスタジアム一つとってもこの国の自由さが伺える



僕はアメリカが、好きか嫌いかでいえば、  嫌いだ

戦争をする国、石油をがめる国、銃が蔓延する国、環境と逆行する国、


でも嫌いになりきれない

民主主義的な社会の究極がこの国にはあるような気がする

アメリカ人の誰もがアメリカを愛している。これは日本人が日本を愛する気持ちとは違う

そもそもアメリカの起源自体によりどころとなる事実はなく

言うならば18世紀のヨーロッパからの移民によるの開拓精神や
今も尚続く他国からの移民によるアメリカンドリームを夢見てのチャレンジ精神
では無いだろうか



日本の大和魂は起源にはなり得ない

(むろんそれ以上の起源を日本人は持ち合わせては居るが)

ピクチャ 2.png
(↑スーパードーム)

この日のアメリカは一つになる
この日のアメリカは国全体が一つの試合を語り合う
この日のテレビに映し出される人々の顔は起源のない自分達がまさに今それを作り続けている顔をしている

アメリカで学んだ者なら感じたことのある開放性と閉鎖性の共存



スーパーボールという祭典をみるにつけ

プロスポーツが進化した先にあるアメリカ的デザインの極限
ショーマンシップの世界を民衆の期待という大義名分にマネーにかえるエンターテイメント世界



感じることは様々だが

一つ言えるのは
こんな面白い時間を作りだした伝統に敬意をはらいつつ

また来年も見ようと決意する
posted by laugh always at 14:56| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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